みんな戦争を知らない世代

 そして、最後に一言。僕も君もスタッフもみんな戦争を知らない世代です。でも戦争体験がないからこそ、この映画を作ったんだと思います。皆さんにどのように見ていただけるか非常に不安と期待が半々です。どうぞよろしくお願いします。

 いま当たり前にある平和は、私たちには想像できない、戦争被害者をはじめとする戦争の中を生き抜いた方々の苦しい体験の上に成り立っているんだと。分かってはいるつもりでしたが、この映画の撮影を通じて、あらためてその重大性を思い知らされました。

 答えも無いですし、観終わった後に言葉が出てくるのはなかなか難しいですが、どんな小さなことでも皆さんの心に届いてくれたらいいなと思います。2時間8分、じっくりご覧ください。今日はありがとうございました。

 快晴の空の下、静岡県静岡市にある常葉学園大学にて、第二次世界大戦という太平洋戦争を伝えるキャンペーンが行われました。大学の講堂には500人以上の学生が集まり、立ち見も出るほどの賑わいとなりました。

 太平洋戦争を伝えるキャンペーンの一環として、静岡県出身で小学4年生の時に、静岡大空襲を経験した常葉学園大学の角替弘志学長に、学生さんたちに向けて講演をしていただきました。

 ―静岡大空襲について―第二次世界大戦というの冒頭の実録映像にもあるように、昭和19年ころから、日本のいろいろな都市に向けて爆撃のための飛行機が数多く飛んでくるようになり、空襲が行われるようになりました。

 静岡でも昭和19年12月7日、東南海地震が起こった日の晩、照明弾をアメリカ軍がたくさん落としていきました。新聞が読めるくらい明るくなったのを覚えています。昭和20年の6月18日に浜松、6月19日に静岡、7月7日に清水、7月17日に沼津の大空襲があり、ほとんどが焼け野原になってしまいました。

この記事は映画「太平洋の奇跡」http://www.taiheiyo-no-kiseki.jp/から一部引用しております。

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